旅行の体験談

【アウシュビッツ強制収容所】で教科書では学べないことを学びました。

アウシュビッツ強制収容所は「負の遺産」と呼ばれ、ナチスによりユダヤ人の大量虐殺された場所です。

小学生のときに教科書で初めて強制収容所のことを知り、子どもながらに衝撃を受けたことを覚えています。

 人間だとは思えない暮らしや労働環境。自分たちが都合のいいように政治を行うための不条理な虐殺。

ユダヤ人はなにも悪いことをしていないのに、、、とひどく悲しい気持ちにさせられました。

 

 強制収容所について教科書で書かれていたのはたった1.2ページだけ。

もっと、この国で起きた歴史のこと、強制収容所での暮らしを知りたい。

戦争を繰り返してはならないように、人種差別による虐殺という悲劇を繰り返してはならない。

そのためには、歴史を学びたいと思いました。 

世界一周中にポーランドを訪れることになり、真っ先に思い浮かんだのがアウシュビッツ強制収容所への訪問でした。

今回の記事では、教科書では学べなかった強制収容所について旅らび.com」よりお伝えしようと思います。

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 アウシュビッツ強制収容所について

アウシュビッツ強制収容所は、第二次世界大戦中の1940年から1945年にかけて、ヒトラー率いるナチス党の占領下だったポーランド領に作られた強制収容所です。

ナチス軍は第一次世界大戦に敗北し、多額の賠償金を抱えていました。

ドイツではインフレが起き、失業率は40%を超え、人々の生活は困窮しました。

そんなときに台頭してきたのが、ナチス党のアドルフ・ヒトラーです。「かつての栄光を取り戻すため」そんなスローガンのもと、ホロコースト(絶滅政策)を推し進めました。

収容所では、推定150万人にも及ぶ罪のないユダヤ人が虐殺されました。

ヨーロッパ各地から強制的に連れてこられた人々は、持ってきた財産や金品、所持品、自由もすべて奪われ、虐殺や拷問、人体実験など人間とは思えない悲惨な扱いを受けました。

 収容所は「アウシュヴィッツ=ビルケナウ-ドイツ・ナチの強制・絶滅収容所」という名称で世界遺産に登録されており、年間140万の人々が訪れています。

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 ガイドの予約について

収容所には世界中から人々が訪れるため、ガイドも様々な言語で行われています。

ガイドツアーに参加するなら、事前に予約しておくのが良いでしょう。

ガイド予約はこちらから:http://auschwitz.org/en/

英語は30分おきにツアーがありますが、人気のためすぐに埋まってしまいます。

日本語ガイドを希望する場合は、外国人として初めてアウシュビッツ博物館の公式ガイドに認定された中谷剛さんにお願いすることになります。

予約はこちらのメール(tnakatani1966@icloud.com)に名前や連絡先、希望の日程を明記の上、連絡してみて下さい。

中谷剛さんへのガイド予約はこちら:tnakatani1966@icloud.com

 

もちろん、ガイドなしで個人で見学することも可能です。

しかし、敷地内はとても広く建物の数も非常に多いため、ガイドなしだとどこから見てよいのか検討もつきません。

効率的にまわるため、そして学びの理解を深めるためにはガイドツアーに参加するのがおすすめです。

アウシュビッツ強制収容所を訪れる前にしてほしいこと

アウシュビッツ強制収容所については、様々な文学作品や映画で描かれていますので、これらの作品を見て事前に勉強をしておきましょう。

 また、強制収容所の中には、収容所について書かれた冊子が販売されています。

私たちが使用する教科書は中立的な立場で書かれていますし、残酷な記載などは省かれています。

冊子には収容所で行われた悲惨な出来事やこれまで私たちが知り得なかった事実がリアルに書かれています。

日本語の冊子も販売されていますので、購入して事前に学びを深めた上で見学してほしいと思います。 

アウシュビッツ強制収容所での生活

いよいよ収容所の中に足を踏み入れます。

収容所へはドイツが占領したヨーロッパ各地からユダヤ人が強制的に連行されました。

収容された人々のうち、約90%がユダヤ人だったそうです。

窓もない狭い貨物列車で連行されてきた人々を待ち受けていたのは、「安住の地」ではなく、まさに生き地獄のような日々でした。

収容所に到着した人々には、まず選別が行われました。

選別は3通りで、労働者、人体実験の検体、価値なしに振り分けられました。

女性や妊婦、幼い子供や老人、病人などは労働力がないと判断され、価値なしと判断されました。

幼い子どもも容赦なく虐殺するという同じ人間とは思えない非道な行動に身の毛がよだつ思いがします。

価値なしと判断された人々は「消毒のためにシャワーを浴びる」という名目でガス室に連行されました。

ガス室で人々の大量虐殺に使われたのが「チクロンB」という毒物です。収容所では、このチクロンBの大量の空き缶が展示されています。 

裸になってぎゅうぎゅうになるまで押し込まれ、壁の隙間から「チクロンB」が投入されました。ガス室は恐怖や苦しみにあえぐ人々の声が響き渡っていたと言います。

叫び声やガス室から絶え間なく上がる煙に気づき、ガス室に連行される運命を知った人々は、どれだけ怖かったでしょうか。

家族と引き離され、裸にされ、最後は恐怖の中苦しみながら死んでいく。こうして、罪のない人々の命がいとも簡単に奪われました。

亡くなったからの死体は、焼却炉で燃やされました。

チクロンBによる死者は多く、焼却炉からは1日中煙が立ち上っていたと言います。

収容所では、毎日罪のない人達が殺されました。虐殺された人々から奪われたメガネや靴、食器の山。 

どれだけ多くの人たちの命が奪われたのかを物語っています。

 収容所では、毎日11時間以上も働かされていたと言われています。ミスをすると監視員からむちで打たれたり、爪を剥がされたりするなどの拷問を受けました。 

また、逆らったり、反抗的な態度をした人は見せしめのために「死の壁」の前で射殺されました。

この場所には、多くの献花が添えられていました。 

また、収容所のあったオフィシエンチムは年間を通しての寒暖差がとても激しい地域で、夏は40度、冬にはマイナス20度になりました。当時の生活の過酷さを体感するため、冬の時期を選んで見学する方もいるそうです。

エアコンや快適な布団、衣服が用意されているわけもなく、洋服は布切れ一枚に、栄養のない食事、11時間にも及ぶ労働、ぎゅうぎゅう詰めの硬いベッドで生活していた彼らの生活を想像、本当に辛く、苦しかったと思います。 

収容所の周りには鉄線が巡らされ、約220ボルトの電流が流れていたと言います。

収容所での過酷な労働と劣悪な生活環境に耐えられず、自ら手線に飛び込み、自殺を図った人もいました。 

収容所の終焉、そして解放

第二次世界大戦でドイツが敗戦し、連合軍が領内へと侵攻しました。

そして、1945年1月27日、収容所で生き延びた人々は解放されました。

しかし、過酷な環境の中生き残った方は非常に少なく、みな骨と皮だけの状態でやせほそっていたそうです。

 シャトルバスに乗って『ビルケナウ』へ

アウシュビッツ強制収容所から約3.5 km離れた場所に、ビルケナウ収容所(アウシュヴィッツ第二強制収容所)はあります。

ビルケナウ収容所は、広大な敷地の中に鉄道の引き込み線が残っています。

この線路は、ヨーロッパ各地から強制連行してきた人々を輸送するのに利用されました。

 2つの施設の間は無料のシャトルバスが運行しており、行き来することが可能です。

アウシュビッツ強制収容所・ビルケナウ収容所写真撮影の注意点

写真撮影に際して、いくつか注意点があります。

収容所では基本的に写真撮影が可能ですが、フラッシュや三脚を使った撮影はしないようにしましょう。

また、一部写真撮影が禁止されているエリアもあります。

撮影禁止の看板が出ていますので、しっかりと守るようにしましょう。

アウシュビッツ強制収容所に実際に足を運んでみて

実際に現地に足を運んで、様々な資料や写真を見ることもできましたし、ガス室や焼却炉などの跡を見学することができました。

教科書で見るだけではどこか遠い世界のように感じていましたし、まさかこれが数十前に起こった本当の出来事だなんてどこか信じられないような気持ちでした。

しかし、今回実際に足を運んでみて当時の過酷な生活をよりリアルに想像することができました。

アウシュビッツ強制収容所から生還した人も亡くなり、生の声を聞くことができる機会というのはもうほとんどありません。

同じように日本も戦争から無事帰還した人は少なくなり、戦争経験を後世に伝えていくことが難しくなっています。

こうして少しずつ戦争や過去の悲惨な出来事を経験していない世代に交代していくときに思い浮かぶのが、「歴史は繰り返す」ということ。

 今の世代に生まれた私達は、まずは知ることから始めなくてはなりません。

そして、それを後世にしっかりと伝えていくということ。それが義務であり責任ではないかと感じました。

いきなり現地に足を運ぶのは難しいときもありますが、アウシュビッツ強制収容所を題材にした文学や映画などを読むなど、まずはちょっとしたアクションから始めていくことが大切だと感じました。

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 まとめ

今回はポーランドにあるアウシュビッツ強制収容所についてご紹介しました。

 訪問を通じて、こうした悲劇が二度と起こらないようまずは知ることがとても大事だと痛感しました。

世代が移り変わっていく今、まずは小さな一歩から始めていこうと思います。

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大学卒業後に入社パスを使って恋人と世界一周* 8ヶ月間かけて、37カ国約110都市を巡る旅をしました。 次の夢は、夫婦として世界二週目の旅に出ること! 旅とフィルムカメラとアウトドアがすきです。
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